la storia

まだ高校生の頃に父親から「酒を飲むのは時間の無駄、酒を飲まないのは人生の無駄」という言葉を聞いたことがあります。イギリスあたりの古い文言らしいのですが、その頃は特に何を思うでもなく聞き流していた言葉です。 それから十数年、飲食業に身を置きながら、いろいろな国のいろいろな場所で生活する中で、本当に多くの人達と共に酒を飲み「無駄な時間」を過ごしてきました。そしてそれはまた自分の人生にとって最高の「学びの場」でもありました。仕事仲間や上司、友人、恋人、初対面の外国人たち…。怒られたり喧嘩したり大笑いしたり恥をかいたりしながら、人として人と向き合い語り合い人生を歩んできました。

京都で30歳を迎え、独立を考え始めた時「自分はどんな店を造りたいのか」と真剣に悩みました。同世代の独立指向のシェフ達は「自分が修行したトスカーナ地方のイタリア料理をやる」「おまかせコースのみで自分の世界観を出す」「地元の野菜と魚にこだわる」と、何とも明確で潔いビジョンを持っているようでしたが私にはそれが無く、ずっと何とも言えない不安と焦りを抱えていました。「自分の強みって何だろう」「どんなコンセプトが成功するんだろう」…。どんどん泥沼に入り込んでいくような感覚です。気分も落ち込み、仕事が終わったらすぐ帰宅して暗いキッチンで無言でビールを飲む日々が続きました。当然美味しくない。ある時ふと「一番美味しい酒を飲んだのはいつだったっけ?」と考えはじめました。
「バンコクの安宿でいろんな国の人たちと飲んだぬるいビール」
「新婚旅行先のバリ島のホテルで妻と飲んだ赤ワイン」
「怒濤のクリスマス営業明けにスタッフ全員で乾杯したプロセッコ」…。
どれも本当に美味しかった。何年たっても忘れないほど。で、その時気付いたんです。

みんなが楽しく酒を飲める『場所』を造ればいいんだと。
極端に言えば、別に『店』じゃなくてもいいんだと。

そう考えると、すっと心が軽くなりました。

もちろんうちも「飲食店」ですので、当然物件を借りて客席と厨房を造らなければいけません。でも設計段階で一番重視したのは「楽しく飲む場所」でした。厨房ありき、仕事の動線ありきではなく、この空間で最も気兼ねなく楽しく飲める場所をどう造るか。ゲストがストレスを感じずゆっくり過ごせる環境とは何か。その答えが今の店にはたくさん詰まっています。

例えばうちは40席の店ですが、カウンター席が4席しかありません。しかも店の一番奥にひっそりと。これはゲストにテーブルを「楽しく囲んで」もらいたかったからです。横並びに座った目の前に店のスタッフがいつもいるカウンター席よりも、目の前には一緒に来た相手がいる方がリラックスできるはず。
また内装はシンプルだけど開放感と温かみを大切にしています。天井も最大限に上げて窓もテーブルも大きく、照明も明るめ。木をたっぷり使って無駄な段差や仕切りを無くしました。結果的にバリアフリーにもなり、店内の行き来のストレスもありません。
そして店は全面禁煙。昔からの酒場の「薄暗くて煙たくて入りにくい空気」ではなく、極力快適にゲストが数時間を過ごせるように工夫しています。
あと、個人的に一番考えたのが「テーブルセット」でした。「清潔で快適。でも重厚感や緊張感を出したくない」といろいろ悩み、何度もスケッチを書き直し、最終的にひとつだけ残したもの。それが「白い布のナプキン」でした。どんなにカジュアルな場所であっても、席について注文してからきちんとアイロンがけされた白い布ナプキンを膝元に広げる、あの「さあいくぞ」という高揚感は譲れないと思ったからです。(ちなみに遅い時間帯は飲むだけでも使いやすいように、セットは全て外しています)それ以外テーブルにはクロスも生け花もキャンドルもありませんし、メニューブックもどこにでもあるシンプルなものを使っています。

店がオープンしたのは2014年1月。その年の11月に改装して隣の物件を繋げました。知り合いには「改装に踏み切るのが早すぎる」「もう少し認知されてからじゃないと」と散々言われました。でも実は自分の中では「最初から決めていた事」だったのです。
最初に今の物件と出会ったのは2013年の8月。松山に引っ越してきてひと月位たったところでした。本屋で買った松山市の地図を片手に自転車で片っ端から物件探しに走り回っていると、突然それは現れました。古いけど雰囲気あふれる佇まいに、見た瞬間「これだ」と思いました。そのビルの一階には空き物件が二つ並んでいました。一つは20年以上続いた画廊だったという物件。隣はレンガの外観(今もそのまま使っています)の元アパレルショップ。建物と車道との間には花壇があり、立派な木が植えられています。いわゆる街中でも大通り沿いでもないけれど、角地に建っていて、何より明るい場所でした。ここにお店があったら…。頭の中でどんどんイメージが膨らんできました。
それから縁があって出会った担当の設計士さんには、初対面にも関わらず「今は資金もスタッフも足りないから片方しか出来ません。でも将来少しでも早く繋げたいので図面は両方分で書いて下さい」という無茶なお願いを快く聞き入れていただき、外観やレイアウトも将来を見越した設計にしてもらいました。自分としては最初のスタートはある意味「仮オープン」であり、もし隣の物件に借り手が付いたら大変だと、毎日隣の「テナント募集」の看板を確認しながら過ごしていました。なので11月の改装が完了した時点が「やっと本当のオープン」という感じだったのです。
リニューアルに合わせて新たに山本をシェフに迎え、料理のクオリティが大幅に向上しました。
また隣に念願のワインショップもオープンし、ご自宅用にワインを買って帰っていただいたり、その場で立ち飲みも出来るようになりました。これからも、いち飲食店の枠を超え、人々の暮らしの中の「楽しく飲む場所」に少しでも携われるようにスタッフ一同精進していきます。